KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション制作作品

とほく おもほゆ

三木麻郁 × 国立病院機構新潟病院臨床研究部医療機器イノベーション研究室 石北直之

2022

【グランプリ】受賞

 

 

 三木がこれまで取り組んでいた「しゃぼん玉を吹きながら歩く」プロジェクトは、言ってしまえば、実質的・直接的に誰の助けにもなっていない。しかし「話題に出し続けること」に多くの賛同を受け、10 年も継続できた。それは皮肉にも、なす術の分からない、遠くに住まう軽い関係だからこそ継続出来た活動であり、また実のところ非当事者と思われてきた人たちも「実は私たちも影響を受けていた」と訴えたかったのではないかとも、振り返って考えている。それは決して簡単に処理してはいけない感覚だと、私は思う。遠くで想う彼らもまた” 少なからず当事者” と言えるのではないだろうか。

 医療器具装置の開発をする石北直之医師は、COVID-19 パンデミックによる人工呼吸器不足が後押しとなり、3D プリンターによるそれの開発に異例のスピードで成功した。様々な課題をクリアすることで精度を上げた結果、造形としても唯一無二の形状に仕上がった。彼はそれを「美しい」と評する。必要な機能だけが組み合わさった、無駄のない「美」が残った。

 いざ実用化に向けてSNS などを通じたボランティアによるサンプル作りを呼びかけたところ、いくつもの問題が明るみになった。「3D プリンターさえあれば、誰でも、どこでも作れる人工呼吸器」は、医療器具ゆえに確実な安全性を担保するシステムづくりが求められるという点で、予めトラブルを防止する策を講じねばならない。多くのボランティア達は「自分は医療従事者ではないけれど、これが助けになるなら」とデータを遠くで受け取り、試作品をSNS に投稿して、石北に出来栄えを知らせた。石北は、彼らの遠くから応えてくれた想いに本展で何かを返せたら、と願う。

 「とおく おもほゆ」は、力になれるのか。今、全世界の人々が当事者になっているCOVID-19 感染症の流行によって、私たち一人一人の呼吸が脅威であることを予感し、息(いき)することは生き(いき)ることを意味するのだ、とマスクの内側で知る。今年(2021年)からしゃぼん玉を「吹く」ことをやめ、大きな飛ばし具で想いを天に届けた。新しいウィルスと人類が共存できる日が早く来ることを、個人的にはこの音に願いたい。(2021年・三木)

 

 

 

 

 

KYOTO STEAM 国際アートコンペティション2022制作作品

三木 麻郁 × 国立病院機構新潟病院臨床研究部医療機器イノベーション研究室 石北直幸

《とおく おもほゆ》

 

提供:3D プリント人工呼吸器に関する知見と造形サンプル

 

 三木麻郁は、作品ごとにメディアと提示方法を選択しながら、自身が経験した出来事を別のものへと転化する作品を制作してきたアーティストである。例えば身近な人々の死や東日本大震災が起こった日の夜に「帰宅難民」となった人々の経験などを扱ったこれまでの作品で、三木は、その意味を簡単に消化することのできない、あるいは簡単に消化してはいけないと感じられる出来事の重さを自分自身の手で確かめ、そしてその出来事を鑑賞者にも共有するよう促しているかのように見える。

 こうした三木のアーティストとしての態度は、本作においても一貫している。三木が今回コラボレーションを行なったのは、国立病院機構新潟病院臨床研究部医療機器イノベーション研究室の石北直之である。臨床の傍ら、数多くの革新的な医療機器の開発を手掛けてきた石北は、目下、3Dプリンタで製造可能な人工呼吸器の実用化を目指す「COVIDVENTILATOR プロジェクト」を進めている。すでに国際宇宙ステーション内の3Dプリンタでも人工呼吸器を製造できることを確かめた石北は、非専門家のボランティアスタッフの協力を得ながら、医療認証を目指し臨床研究を続けている。今回のコラボレーションでは、このプロジェクトの中から、3Dプリント人工呼吸器に関する知見と石北自身が作った人工呼吸器、そしてプロジェクトに協力するボランティアスタッフが作った人工呼吸器が提供されることとなった。

 壁面にボランティアスタッフの作った人工呼吸器が並ぶ展示空間に、人工呼吸器と笛が組み合わされた作品が、18点並んでいる。そのひとつひとつに空気が送られるとき、シリコンラバーで作られた人工肺が運動し吐き出した空気が人工呼吸器を通って、笛を鳴らす。それぞれの作品は、互いが互いに動くよう呼びかけるように動き始め、和音を響かせたのちに、沈黙する。

 「遠くのことを自然と思わせる」という意味の古語に由来する名の本作から差し出される音を、私たちはどのようなものとして受け取ることができるだろうか。宇宙を含めたあらゆる場所で製造・使用可能な3Dプリント人工呼吸器の開発を進めた意思と知性が一方にあり、もう一方に未知のウイルスに翻弄される社会の中で、呼吸という生命にとって根源的な営みを自らの手で捉え直そうとするアーティストの想像力がある。両者が結びつき生まれた「呼吸の音色」が、展示空間の中で荘厳に響き続ける。

(KYOTO STEAM−世界文化交流祭−実行委員会アートコーディネーター 安河内宏法)

 

 

Miki Maaya × NHO Niigata Hospital, Division of Medical Device Innovation

 

Distant Thoughts

Science / technology utilized: Findings on 3D printable ventilators and model samples 

 

The artist Miki Maaya creates works that transform events she has personally experienced into new forms, choosing different media and presentation methods for each work. For example, in past works dealing with the deaths of loved ones and the experiences of people unable to return home on the night of the Great East Japan Earthquake of March 2011, Miki seems to engage with events having meanings that cannot or should not be easily digested, as if testing these things’ weight with her own hands, and to encourage viewers to share in these events.

Miki’s creative stance is maintained in the current work as well, for which she collaborated with Ishikita Naoyuki of NHO Niigata Hospital’s Division of Medical Device Innovation. Ishikita has been involved in development of many innovative medical devices in addition to his clinical practice, and is currently working on the COVID Ventilator Project, the goal of which is practical application of a ventilator that can be manufactured with a 3D printer. Having confirmed that a 3D printer at the International Space Station is capable of printing a ventilator, Ishikita has secured the cooperation of non-expert volunteers and is moving forward with clinical research aimed at securing medical approval for the device. For this collaboration with Miki, the project provided findings on the 3D printable ventilator, model samples produced by Ishikita himself, and ventilators made by project volunteers.

In the gallery, ventilators made by project volunteers are arrayed on the wall along with 18 objects assembled from ventilators and whistles. When air is conveyed to each of these, a silicone rubber artificial lung operates and exhales air through the ventilator, causing a whistle to blow. One by one the pieces begin to sound, as if urging one another to join in, and after all have harmonized together in a chord they fall silent.

What does the viewer derive from this work, the title of which is an ancient Japanese phrase referring to natural evocation of distant things? On the one hand, we are reminded of the strength of will and intellectual power to pursue development of a 3D printable ventilator that can be manufactured and used anywhere, including outer space, and on the other we are struck by the imagination of an artist who seeks to restore the act of breathing, essential to life, amid a society at the mercy of a new and deadly virus. The two of these harmonize in  a “timbre of breath” that continues to resonate in the gallery with deep solemnity.

Translated by Christopher Stevens

 

撮影:麥生田兵吾 Photo:Mugyuda Hyogo

動画:三木麻郁